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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6453号 判決

原告 菊池経子

被告 藤田日吉

主文

一  原告が、被告に賃貸している別紙物件目録一の土地の地代は、

1  昭和四七年四月一日以降昭和四八年三月三一日までは、一ケ月金六、七〇八円(三・三平方メートル当り金三七〇円)

2  昭和四八年四月一日以降昭和五〇年七月七日までは、一ケ月金八、四三〇円(三・三平方メートル当り金四六五円)

3  昭和五〇年七月八日以降は一ケ月金九、三三七円(三・三平方メートル当り金五一五円)であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  第一次的請求

1 被告は原告に対し、別紙物件目録二の建物を収去して同目録一の土地を明渡し、昭和四八年一一月三〇日以降右明渡済みに至るまで、毎月末日限り一ケ月金九、四二四円の割合による金員及びこれに対する右各期日の翌日以降右完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二  第二次的請求

1 被告は原告に対し、金一、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年七月九日以降右完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2 原告が被告に賃貸中の別紙目録一の土地の地代は、

(一) 昭和四八年一一月三〇日以降昭和五〇年三月三一日までは、一ケ月金九、四二八円(三・三平方メートル当り金五二〇円)、

(二) 昭和五〇年四月一日以降は、毎年四月一日を増額基準日として、翌年三月三一日までは、前年の一ケ月当りの地代を前年度の総理府統計局の消費者物価指数によりスライドさせた額、

であることを確認する。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。

三  第三次的請求

1 原告が被告に賃貸中の別紙物件目録一の土地の地代は、

(一) 昭和四七年四月一日以降昭和四八年三月三一日までは、一ケ月金七、六一五円(三・三平方メートル当り金四二〇円)、

(二) 昭和四八年四月一日以降昭和五〇年三月三一日までは、一ケ月金九、四二八円(三・三平方メートル当り金五二〇円)、

(三) 昭和五〇年四月一日以降は、毎年四月一日を増額基準日として、翌年三月三一日までは、前年の一ケ月当りの地代を前年度の総理府統計局の消費者物価指数によりスライドさせた額、

であることの確認を求める。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張事実

(請求の原因)

一  原告は、昭和二八年一一月三〇日被告に対し、別紙目録一の土地(以下、本件土地という。)を左記の条件で賃貸し、被告は、右地上に、別紙目録二の建物(以下、本件建物という。)を所有している。

1 目的 普通建物所有

2 期間 二〇年間

3 地代 一ケ月、三・三平方メートル当り金三二円

4 借地上の建物を増改築するときは、書面による承諾を必要とする。

二  本件土地の地代は、その後順次改訂され、昭和四七年三月三一日当時の地代は、一ケ月、三・三平方メートル当り金三〇〇円であり、被告もこれを承諾していた。

三  しかしながら、右地代は、昭和四六年度以降の諸物価の高騰、公租公課の増額等のため、近隣の地代に比べ、著しく不相当となつたので、原告は、昭和四七年三月三一日ごろ口頭で、更に同年四月二四日到達の書面により、同年四月一日以降本件土地の一ケ月当りの地代を、三・三平方メートル当り金四二〇円に、ついで昭和四八年三月末ごろ口頭で、更に同年五月三一日頃到達の書面により、同年四月一日以降の一ケ月当りの地代を三・三平方メートル当り金五二〇円に、それぞれ増額する旨意思表示した。

四  しかるに被告は、右増額を争い、昭和四七年四月分以降は、三・三平方メートル当り金三〇〇円、昭和四八年四月分以降は、三・三平方メートル当り金三八〇円の割合で毎月の地代を供託しているのみならず、原告の所有する周辺土地の賃借人一八名にも被告に同調することを求めていろいろ干渉、圧迫し、右借地人中原告の要求をのんだ三人を除く一五名は、心ならずも被告の要請に応じて、原告の地代増額請求に応じない。

その上被告は、昭和四七年中に原告の書面による承諾を得ることなく、本件建物を改築した。

五1  本件土地の賃貸借契約(以下、本件賃貸借契約という。)は、昭和四八年一一月二九日で期間満了となるので、原告は、同年一〇月二五日到達の書面で被告に対し、左記正当事由により、右賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をした。

(一) 原告は、病気の老母と妹三人(いずれも未婚で、一人は勤めているが、一人は病弱、一人は交通事故のためいずれも勤労不能)を抱え、本件土地を含む貸地の地代収入により生活しているが、右収入のみでは、とうていこれらの家族を扶養するに足る生活費を得ることはできないので、本件土地の明渡を得た上、ここに店舗を建築し、姉妹で洋裁店もしくは洋裁教室を経営して生計を維持することを計画している。

(二) 被告は、前記のとおり、原告所有土地の賃借人に圧力を加えて、原告の正当な地代増額請求を拒否させ、その代表者となつて、原告に対抗しており、このため、物価と公租公課の高騰の中で、地代収入に依存している原告は、その生活を不法におびやかされている。

(三) 被告は、約旨に反して原告の書面による承諾を得ることなく、本件建物を改築した。

2  よつて原告は第一次請求として被告に対し本件賃貸借契約が昭和四八年一一月二九日に終了したことを理由に、本件建物を収去して本件土地を明渡し、昭和四八年一一月三〇日以降右収去明渡済みに至るまで、毎月末日限り一ケ月金九、四二四円の割合による賃料相当の損害金及びこれに対する右各期日の翌日以降右完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  仮に原告の右解約の主張が認められず、本件賃貸借契約が法定更新されたとすれば、借地人は、借地契約が更新された場合賃貸人に対し、更新料を支払うべき事実たる慣習又は慣習法が存在し、本件の場合その額は、右更新時までの正常実質地代と被告の現実に支払つた地代の差額及び被告の前記各背信行為を考慮して借地権価格の約八パーセントに当る金一、五〇〇、〇〇〇円とするのが相当であるから、原告は第二次請求として被告に対し、右金一、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右請求を記載した原告の昭和五〇年七月八日付準備書面が陳述された本件第一六回口頭弁論期日の翌日である昭和五〇年七月九日以降右完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払と、前記地代の増額請求により、本件土地の地代が一ケ月当り昭和四八年一一月三〇日以降昭和五〇年三月三一日までは金九、四二八円(三・三平方メートル当り五二〇円)であること、ならびに昭和五〇年七月八日開かれた本件第一六回口頭弁論期日において陳述された原告の同日付準備書面により、昭和五〇年四月一日以降は、毎年四月一日を増額基準日として、翌年三月三一日までは、前年の地代を前年度の総理府統計局の消費者物価指数でスライドさせた額に順次増額する旨意思表示したので、その旨の確認を求める。

七  仮に右主張が認められないとすれば、原告は第三次請求として被告に対し、本件土地の地代が、一ケ月当り、昭和四七年四月一日以降昭和四八年三月三一日までは、金七、六一五円(三・三平方メートル当り金四二〇円)、昭和四八年四月一日以降昭和五〇年三月三一日までは金九、四二八円(三・三平方メートル当り金五二〇円)、昭和五〇年四月一日以降は、毎年四月一日を基準日として、前記方式により増額された額であることの確認を求める。

(認否)

被告が昭和二八年一一月三〇日本件土地を原告主張の条件で原告より賃借し、右地上に本件建物を所有していること、右土地の地代が昭和四七年三月三一日当時一ケ月三・三平方メートル当り金三〇〇円であつたこと、及び原告主張の日に原告主張の地代増額請求及び本件賃貸借契約更新拒絶の意思表示のあつたことは認めるが、その余の主張は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が昭和二八年一一月三〇日被告に対し、本件土地を賃貸し、被告が右地上に本件建物を所有していること、右土地の地代が昭和四七年三月末日現在・一ケ月三・三平方メートル当り金三〇〇円であつたこと、原告主張の地代増額請求及び本件賃貸借契約更新拒絶の意思表示が被告に対しなされたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二  よつて先づ原告主張の更新拒絶について判断する。

成立に争いのない甲第五号証、原告及び被告本人尋問の結果を総合すると、

1  原告(五四才)は、母(七四才)、妹三人(五二才、四八才、三九才)と肩書地に居住しているが、家族のうち定職をもつているのは銀行に勤める五二才の妹だけであつて、母と四八才の妹は病気のため通院中であり、三九才の妹は交通事故に遭い、身体障害者であること、

2  原告方の生活は、本件土地及びその周辺の原告所有地から挙る地代収入と、銀行に勤めている妹の給料収入でまかなわれているが、借地人らとの間の地代をめぐる紛争のため、地代増額も思うにまかせず、生活にその影響をうけていること、

3  原告は、本件賃貸借契約を解約して、本件土地の明渡をうけ、ここで洋裁の経験をもつ三九才の妹と洋裁教室を開きたい希望をもつているが、その計画は必ずしも具体化してはおらず、右解約は、むしろ被告との地代増額をめぐる紛争から将来解放されたいとの意向でなされたものであること、

4  他方被告は、本件建物に母、妻、息子二人(三二才と二七才)と居住し、二人の息子とともにここでバツクル等を製造加工しているが、仕入及び納品先がいずれも台東区内に集中しているため、仕事上本件土地は極めて好都合の位置にあること、

5  被告は、原告の地代値上げに対しては、強く反対し、原告所有土地の賃借人をとりまとめ、原告に対抗するため共同歩調をとらせていること、

6  被告は、昭和四七年中原告の承諾をうることなく、本件建物の外装工事をしたが、右建物は今日なお相当の耐用年限を有すること、

がそれぞれ認められる。原、被告本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の認定事実によれば、本件土地に対する必要性は、被告の方がはるかに強く、前記認定の被告の地代増額反対をめぐる行為や、無断改築工事等も、いまだ原告の本件土地に対する必要性と相俟つて、本件賃貸借契約の解約を相当とするに足る程度に至つているとは認められず、結局本件解約は、正当事由を欠くものというべきである。

よつて原告の建物収去土地明渡の請求は失当である。

二  次に原告の更新料請求について判断する。

1  昭和二八年一一月三〇日締結された本件賃貸借契約には、期間を二〇年とする定めのあつたことについては、当事者間に争いがなく、右契約の更新を拒絶する解約の申入れの理由がないことについては、先に認定したとおりであるから、右契約は、昭和四八年一一月三〇日をもつて法定更新されたことが認められる。

2  ところで土地の賃貸借において、約定の賃貸借期間が満了した際、賃貸人と賃借人が賃貸借契約の更新につき話合い、更新後の期間を定めるとともに、時には地上建物の増改築についても承諾を与え、その際これらの対価を含め、更新料として相当の金員の支払われることが世上存在することは、裁判所に顕著な事実であるが、法定更新の場合に原告の主張するように更新料を支払う事実たる慣習ないしは慣習法が存在すると認めるに足る証拠はなく、又更新料支払の有無は、その後の賃料額決定につき考慮されることになるのであるから、法定更新に際し、更新料が支払われなくても、賃貸人の権利がその故に侵害されるとは認められない。

よつて原告の更新料請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

三  よつて原告の地代増額請求につき判断する。

1  原告が、その主張の頃、本件土地の地代を昭和四七年四月一日以降一ケ月三・三平方メートル当り金四二〇円に、昭和四八年四月一日以降一ケ月三・三平方メートル当り金五二〇円に増額請求したこと及び昭和五〇年七月八日開かれた本件第一六回口頭弁論期日において、陳述された原告の同日付準備書面により、昭和五〇年四月一日以降の地代については、原告主張の方式でスライドさせて決定すべき旨意思表示したことについては、当事者間に争いがない。

2  鑑定人大河内一雄の鑑定結果によれば、右各地代増額請求時における本件土地の地代相当額は、一ケ月

(一)  昭和四七年四月一日以降金六、七〇八円(三・三平方メートル当り金三七〇円)

(二)  昭和四八年四月一日以降金八、四三〇円(三・三平方メートル当り金四六五円)

(三)  昭和五〇年七月八日以降一ケ月金九、三三七円(三・三平方メートル当り金五一五円)

であることが認められる。成立に争いのない甲第一号証及び被告本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

3  原告は、昭和五〇年四月一日以降の賃料については、毎年四月一日を増額基準日として、翌年三月三一日までは、前年度の地代を前年度の総理府統計局の消費者物価指数でスライドさせた額であることの確認を求め、昭和五〇年七月八日開かれた本件第一六回口頭弁論期日においてその旨の請求をしているが、賃料増額請求は、公租公課、地価及び周辺土地の地代の増額等により、地代が不相当になつた場合になしうるものであつて、今後の物価変動を見込して、予め将来の地代増額を請求することができるものではないから、右主張は、右請求がなされた昭和五〇年七月八日以降の地代増額請求の限度で有効と認めるべきであり、又その上限は、原告が昭和四八年一一月三〇日以降の相当地代として主張する一ケ月金九、四二八円をもつて画されると解されるから本件土地の昭和五〇年七月八日以降の地代は、前記認定のとおり一ケ月金九、三三三円と認めるのが相当である。

四  そうすると、原告の本訴請求は、右認定の賃料増額確認の範囲内において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野崎幸雄)

(別紙)物件目録〈省略〉

(別紙)図面〈省略〉

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